サントリーサンバーズ大阪でプレーする、バレーボール選手の高橋塁さん。
2026年9月29日に自身のInstagramで、抱えていた悩みを告白し、塁さんがどのような人生を歩んできたのか、気になった方もいるのではないでしょうか。
弟の高橋藍さんの兄としても知られていますが、実は兄弟の中で先にバレーボールに夢中になったのは塁さんでした。
京都で育った幼少期から、東山高校、日本大学を経てサントリーに加入するまでには、どのような出来事があったのでしょうか。
この記事では、高橋塁さんの生い立ちについて、バレーとの出会いや学生時代についてご紹介します。
高橋塁の生い立ちは?
高橋塁さんは、2000年1月14日生まれ、京都府京都市出身です。小学生の頃にバレーを始め、その後も京都の中学・高校で競技を続けました。
高橋塁のプロフィール
32cm履いてテンション上がってる俺伝われ。
— 髙橋 塁(Takahashi Rui) (@rui_takahashi_) May 23, 2026
(僕は28cm) https://t.co/O2EzjvzqmS pic.twitter.com/nEtVYojT9A
| 名前 | 髙橋塁(たかはし・るい) |
|---|---|
| 生年月日 | 2000年1月14日 |
| 年齢 | 26歳(2026年9月29日時点) |
| 出身地 | 京都府京都市 |
| 身長 | 186cm |
| 所属 | サントリーサンバーズ大阪 |
| ポジション | アウトサイドヒッター |
| 出身高校・大学 | 東山高校・日本大学 |
幼少期は弟・藍さんと公園でボールに親しんだ
高橋塁さんは、テレビで見たバレーに心をひかれ、テレビで見た光景を真似しながら、公園でボールのパスをし、その練習相手になっていたのが、弟の藍さんでした。
最初は身近な遊びの延長だったボールのやり取りが、やがて兄弟それぞれの競技人生につながっていきました。
NICO高橋塁さんと藍さんののバレーの原点が、公園でのボール遊びだったとは驚きですね。テレビで見たバレーの光景が、塁さんの目に焼き付いていたんでしょうね。
高橋塁がバレーを始めたきっかけは?
小学生時代
バレーボールを始めたのは、高橋塁さんが8歳の頃でした。
栗原恵さんのプレーが、塁さんの「自分もバレーをやってみたい」という思いにつながったことでした。
栗原恵さんのプレーに憧れ、小学生の頃に地元のチーム「京都ヤングバレーボールクラブ」などへ入部しました。
弟の高橋藍さんも、塁さんの影響で小学2年生の頃に、同じチームに入り、バレーボールを始めました。
NICO高橋塁さんに刺激を受けて、弟の藍さんも同じチームに入ったんだね。それにしても兄弟、仲がいいよね。
高橋塁の学生時代は?中学・高校・大学での歩み
高橋塁さんの学生時代(中学・高校・大学)は、京都峯ヶ岡中学校を卒業後、東山高校を経て、日本大学に進みました。中学・高校では藍さんと同じチームでプレーし、大学では主将も務めています。
| 時期 | 学校・所属 | 主な出来事 |
|---|---|---|
| 中学時代 | 京都市立蜂ケ岡中学校 | 3年時に弟・藍さんと全国大会へ出場 |
| 高校時代 | 東山高校 | 2017年インターハイ3位 |
| 大学時代 | 日本大学 | 2020年全日本インカレ3位、4年時に主将 |
| 2022年度 | サントリーサンバーズ | チームに加入 |
中学時代
高橋塁さんの出身中学校は、京都市立蜂ケ岡中学校です。
この京都市立峯ヶ岡中学校は、公立中学校でありながら、バレーボール部が全国大会に出場するという、バレーボールが強い中学校でした。
蜂ケ岡中学校では、3年生の高橋塁さんがエース、1年生の藍さんがリベロとして全国大会に出場しました。
リベロは、主にレシーブなどの守備を担う選手
中学時代の2人は、同じチームの中で異なる役割を受け持っていました。
幼少期に一緒にボールを追いかけていた兄弟が、今度はチームの攻撃と守備を支え、全国大会という、大きな舞台で活躍しました。
高校時代
中学卒業後、塁さんは京都の東山高校へ進学しました。
アウトサイドヒッターとしてチームを牽引し、2017年のインターハイ3位という実績を残しました。
高校でも藍さんと同じチームでプレーしましたが、兄弟が一緒に在籍していた時期に、全国優勝の夢はかないませんでした。
日本大学で全日本インカレ3位、4年時には主将に
高校卒業後に進学したのは、日本大学です。
藍さんが進んだ日本体育大学とは別の大学になります。
高橋塁さんは大学1年時からメンバー入りし、3年時の2020年には全日本インカレで3位に入りました。
日本大学にとって、45年ぶりの3位を獲得。
さらに4年時には主将を務め、練習の組み立てや部の運営にも関わりました。選手として結果を残すだけでなく、チーム全体を見る役割も担っていました。
NICO塁さんは日本大学、藍さんは日本体育大学。一緒にプレーする姿は見られなかったものの、兄弟対決が実現!大学ではそれぞれのチームでプレーしていました。
大学最後の大会では仲間を支える立場を経験
一方で、大学生活の最後まで順調に試合へ出場できたわけではありません。
4年時の全日本インカレでは、けがのためコートに立てず、応援する立場で仲間を支えました。
この時に、試合に出られない選手たちの支えの大きさに気づいたそうです。
大会成績だけでは見えない、高橋塁さんが、プレーする側と支える側の両方を経験した歩みがありました。
高橋塁は学生時代を経てサントリーへ
高橋塁さんは、2022年度にサントリーサンバーズへ加入しました。
色味に迷走してた時に撮った塁くん
— くめ (@__km8_) March 19, 2022
#高橋塁 選手
#サントリーサンバーズ
2022.3.18 住吉スポーツセンター pic.twitter.com/C1B8GHG9ec
大学を卒業した後も、バレーボール選手として活躍しています。
現在の所属チームはサントリーサンバーズ大阪。
テレビの中の選手への憧れから始まり、公園でのボール遊び、中学・高校の大会、大学での主将経験へ。時系列で並べると、一つひとつ違う立場を経験しながら競技を続けてきたことが分かります。
まとめ
今回の記事では、高橋塁さんの生い立ちについて、幼少期やバレーを始めたきっかけ、学生時代の歩みを紹介しました。
- 高橋塁さんは、2000年1月14日生まれ、京都府京都市出身
- 高橋塁さんが、バレーを始めたきっかけは小学生の頃、栗原恵さんのプレーに憧れた
- 幼少期から弟・藍さんとボールに親しみ、中学では一緒に全国大会へ出場
- 東山高校では2017年インターハイ3位
- 日本大学では2020年全日本インカレ3位、4年時に主将を務めた
- 2022年度にサントリーサンバーズへ加入
高橋藍さんの兄という紹介だけでは分からない、高橋塁さん自身の実績や経験がありました。
これまでの歩みを知ったうえで見ると、コートに立つ姿やチームを支える場面にも、より関心が深まります。
これからも、高橋塁さんの活躍に期待したいですね。

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